ChatGPTを使ってブログ記事を書けるようになってきた頃、
ある違和感を覚えるようになりました。
文章はきれいに整っている。
構成も破綻していない。
誤字脱字もない。
それなのに、
「これ、本当に自分の文章かな?」
と感じてしまったのです。
この記事では、
AIに任せすぎたことで感じたその違和感と、
そこから気づいたことを正直に書きます。
その瞬間は、わりと静かにやってきた
違和感は、はっきりした形で現れたわけではありません。
記事を書き終えて、
全体を読み返していたとき、
なんとなく手が止まりました。
- うまく書けているはず
- でも、なぜかしっくりこない
- 読んでいて、気持ちが動かない
「悪くはない。
でも、出したい感じでもない。」
そんな、言葉にしにくい感覚でした。
最初は「AIっぽさ」が原因だと思っていました
最初は、
「AI特有の言い回しが残っているからだ」と思いました。
- 少し硬い表現を直してみる
- 言い回しを自分なりに書き換える
- 語尾を整える
いわゆる「人間っぽくする」作業です。
でも、
いくら手を入れても、
違和感は消えませんでした。
文章は確かに変わっているのに、
根本的な何かが変わらない感覚がありました。
違和感の正体は「考えていなかったこと」でした
しばらくして、
ようやく気づきました。
違和感の正体は、
自分がちゃんと考えていなかった部分が多すぎたことでした。
- 構成はAIに任せていた
- 話の流れもAIが決めていた
- 結論も、どこか借り物だった
私は、
出てきた文章を整える「編集者」になっていて、
書き手ではなくなっていたのです。
「自分の文章」って、文体のことじゃありませんでした
それまで私は、
「自分の文章=言葉遣いや文体」だと思っていました。
でも、違いました。
自分の文章だと感じられるのは、
- どこで迷ったか
- どこで立ち止まったか
- なぜその結論にしたのか
思考の跡が残っている文章でした。
AIに任せすぎた文章には、
その跡がほとんどありませんでした。
だから、
読んでも自分の感情が動かなかったのだと思います。
そこから、AIの使い方を変えました
この気づきがあってから、
AIの使い方を少し変えました。
- いきなり「記事を書いて」と頼まない
- まず、自分の迷いや違和感をそのまま投げる
- 考えを整理する壁打ち相手として使う
AIに文章を「作らせる」のではなく、
考える過程を一緒に整理する使い方です。
この考え方は、
「ChatGPTでブログ記事を書こうとして最初につまずいた点」
ともつながっています。
今は「自分の文章かどうか」をこう判断しています
今は、記事を書き終えたあと、
こんな基準でチェックしています。
- 書いている途中の自分の気持ちを思い出せるか
- どこで迷ったかを説明できるか
- なぜこの結論にしたか、自分の言葉で言えるか
もし、
「全部説明できるけど、書いた記憶がない」
と感じたら、
それは少しAIに任せすぎているサインだと思っています。
まとめ
AIに任せすぎると、
「自分の文章じゃない」と感じる瞬間があります。
それは、
AIが悪いわけでも、
使い方が間違っているわけでもありません。
考える部分まで手放してしまったときに、
違和感が生まれるのだと思います。
AIは、
代わりに書いてくれる存在ではなく、
考えるための相棒。
そう捉えるようになってから、
文章を書くことが、少し楽になりました。
同じような違和感を感じている人にとって、
この記録がヒントになれば嬉しいです。

コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 「自分の文章じゃない」と感じた瞬間については、「AIに任せすぎて『自分の文章じゃない』と感じた瞬間」で詳しく書いています。 […]