前回の記事で、
私は「ブログ記事をどういう流れで書いているか」を、そのまま公開しました。
手順を整理した記事ではありましたが、
あれは「ノウハウを教える」ために書いたものではありません。
むしろ、
私がどんな前提で考え、どんな基準で判断しているかを
見える形にしておきたかった、という気持ちのほうが大きいです。
今日は、その続きとして
「なぜ、そこまで手の内を明かすのか」
「それが私にとってどんな意味を持っているのか」
を書いてみようと思います。
自己開示は、無防備になることではない
「手の内を明かすと、損をする」
「やり方を見せたら、真似される」
そう感じる人は少なくないと思います。
私自身も、昔はそう考えていました。
でも今は、
自己開示=何でも話すこと
だとは思っていません。
私が開示しているのは、
- 判断の基準
- 考え方の前提
- どこに納得を置いているか
そういった、思考の軸です。
秘密や弱みをさらすことではなく、
「私はこういう前提で動いています」と
先に示しているだけ。
それは無防備になることではなく、
むしろ線を引く行為だと思っています。
手の内を明かすと、合わない人は自然に離れる
やり方や考え方をはっきり書くようになってから、
起きた変化があります。
それは、
合わない人と無理に関わらなくて済むようになったこと。
価値観や進め方が違う人は、
たいてい途中で離れていきます。
逆に、
話が早い人、考え方が近い人だけが残る。
これは選別しているというより、
最初から可視化しているだけなんだと思います。
だから説明に時間を取られにくいし、
後からズレることも少ない。
私にとっては、
とても健全な状態です。
私が大切にしている「納得できるやり方」
私は、仕事や発信において
いくつか大切にしている基準があります。
- 説明できないやり方は、仕事にしない
- 記録に残せないプロセスは、信頼に耐えない
- 短期的に得でも、自分が納得できない選択はしない
遠回りに見えることもあります。
正直、
もっと早く結果が出る方法も知っています。
それでも私は、
自分が納得できるやり方で進みたい。
なぜなら、
納得できない方法で積み上げたものは、
どこかで必ず歪むからです。
私が一緒に進みたい人
このブログで書いていることは、
誰にでも向けたものではありません。
私は、
- 自分の考えを言葉にしようとする人
- すぐの正解より、納得を大切にしたい人
- 時間はかかっても、誠実に積み上げたい人
と一緒に進みたいと思っています。
派手さはなくても、
後から振り返ったときに
「このやり方でよかった」と思えるほうを選びたい。
そういう人にとって、
このブログが安心できる場所であればいいなと思っています。
信頼は、後から作るものではない
信頼は、
成果を出してから得られるものだと
思われがちです。
でも私は、
信頼は最初から作りにいくものだと思っています。
どんな考え方で、
どんな基準で、
どんな姿勢でやっているのか。
それを隠さずに示すこと。
それが、
私にとっての「納得できるやり方」です。
このブログも、
その延長線上にあります。
もしここまで読んで
「この考え方、少しわかるかも」
と思ってくれたなら。
それだけで、
十分うれしいです。

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